 就職を控えた院生の頃、研究室に残るという選択もあり得ましたが、そうすると専門分野が限られてしまうので、私は多彩な分野に触れたいと思い、企業へ進む道を選びました。なかでも当社を選んだのは、旅が好きで鉄道も好きだったから。ところが入社後、情報システムに携わることになり、日本車両には本当にいろいろな仕事があると早速実感しました(笑)。情報システムと聞いて本社に配属されるものとばかり思っていたので、最初に配属されたのが鳴海製作所だったのには少し驚きましたが、システムセンターの一員として、また社会人としての生活がスタートしました。
ただ実務に関しては当初、わからないことばかりでした。実は学生時代、プログラミングもやったことがなかったんです(笑)。とはいえ、仕事に就いて「できない」では済まされませんから、半年間は参考書や専門書を読んだり、講習会に行ったりして勉強しました。自分でプログラムを書いて、先輩に見てもらうこともありましたね。身近な先輩がたはかなりベテランなので、余裕を持って対応してくださって助かりました。講習会はいろいろ出かけましたが、特に印象に残っているのはデータベースの講習会です。4日間で基礎から応用まで教えてくれて、当時は「なるほど」という感じでしたが、そのときに習得した知識とスキルが後の仕事でダイレクトに役立ったんですよ。行って良かったと思いました。

情報システムといっても、私は工場の生産設備と製品の制御を中心に担当しています。データベースの知識は、飛行機の翼など大きな物を運ぶ“AGV”という無人搬送車のモニタソフトを作ったときに役立ちました。運搬指示の内容を確認したり、異常発生時の動作を確認したりするために、逐次パソコンにデータを蓄積していくので、画面で見たいデータを取り出すプログラムに、データベースの知識が不可欠だったんです。「勉強して無駄になる知識はない」と思いましたね。
最近手がけた仕事は“窓ブロック自動SW装置”という溶接ロボットの制御で、この装置でステンレス車両の側窓ブロックという車両側面を構成する大きな部品のスポット溶接を行います。制御するためのソフトの開発が終了し、使用現場である豊川製作所に持ち込んでテストを開始したところ、うまく動いてくれなかったんです。指示の伝達過程に問題があると思い、かなり調べましたが思い当たる箇所はなく、試行錯誤を繰り返すうちに、何とプログラムの受信側であるボードに問題があると発覚。ボードは他社から購入したものでしたが、その担当者と一緒になって問題解決に当たり、ようやく思い通りの動きをするようになったのです。それまでにはかなりの時間がかかりました。15年前に導入したロボットをリニューアルしてスピードUPを実現する装置でしたから、現場で喜ばれるに違いないと思っていたのに、最後は冷や汗モノ(笑)。油断は禁物です。

技術者としての自分はまだまだこれからです。そう思うのも、自動化技術は既に社会の常識になっているにもかかわらず、異なる分野の製品は異なる言語でプログラミングする必要があり、多様な分野、多様な技術を習得する道のりは長いと身にしみたからかもしれません(笑)。VBやJAVAなど一般的な言語はともかく、今使っているCENTUMというプラント用言語は、メーカーの説明書を読みながら何とかこなしている状況です。専門的な言語だから本も出ていないんですよ。大変ですが、こういう道のりを歩んでいくことで、専門性を身につけられればうれしいです。今はまだ、上司や先輩が考えた構想を実現するためにプログラムを書き、そのテストや調整に追われていますが、早く自分で構想から考えられるようになりたいです。ひとつの仕事の上流から下流まで、トータルにできてこそ一人前ですから。
この仕事に就いて、この仕事に就いてから、初級シスアド、基本情報技術者、第三種電気主任技術者、ソフトウェア開発技術者の資格を取ってきました。資格を取ればすぐ通用するというものではありませんが、やはり一つひとつの資格を取るために得た知識は、何らかの形で役立ちます。資格取得により、会社からお祝い金も支給されますし(笑)、着実にハードルを越えて少しでも早く一人前の技術者になりたいです。 |